エチオピアがいかに森を失ってしまったのかを教えてくれたのが、1羽のふくろうの子供でした。いじめられていたふくろうを買い取ったことから始まった奇妙な旅。「私」と「フー太郎」は終戦直後のエチオピアを輸送トラックに揺られながら、幾日も森を捜し続けます・・・・。基金設立のきっかけになった体験談「フー太郎物語」は、今世界で起きていること、森の大切さなどを教えてくれるお子供たちにも親しみやすい話です。
あわせて、世界遺産の村ラリベラで、これまで私たちが村人とともに、地道にかつ着実にすすめてきた諸活動やその実績をスライドとともにご紹介。昨年より新たに着手し始めた水源開発や森作りなどの新プロジェクトについてもお話しします。
雑誌編集者を経て、1990年から5年間、アフリカ28ヵ国を旅する。94年エチオピアの旅の途中、みなしごのふくろう「フー太郎」と出会う。アフリカ横断機「楽園に帰ろう」で蓮如賞優秀作受賞。1998年フー太郎の森基金設立。基金理事長、ライター。1960年福島県生まれ。
2005年よりフー太郎の森基金4代目駐在員として、エチオピア事務所に赴任。従来の緑化事業に加え、水資源開発事業が昨年より本格始動し、ますます活気あふれる現場を現地の7名のスタッフとともに仕切っています。エチオピア赴任から一年半、日々の活動について、また苦労話などもお話しします。
子供の頃からシュバイツアーに憧れ、大学を卒業後、協力隊員としてタンザニアへ。帰国後は13年間NGOオイスカに所属しアジア各地で活躍するが、アフリカへの夢断ち難く、フー太郎のプロジェクトに参加した。1964年岡山県生まれ。
CD「フー太郎物語」の語りでお馴染みの古屋和子さん。今年の演目は2作品をご用意(主催地のご希望で、どちらか演目を選んでいただきます)。
知恵遅れの虔十(けんじゅう)が育てた小さな森が、子供たちの遊び場となり、幾年たっても変わらず町に残り続ける、宮沢賢治作「虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)」。フランスの作家ジャン・ジオノによる「木を植えた男」は干上がった荒地に人知れずどんぐりを植え続けた男の物語。一人の人間の強い意思と地道な努力が、枯れた大地に緑を、人々の暮らしに笑顔を再び蘇らせます。どちらの作品も木や森の偉大さ、次世代に繋いでゆく大切なものについて教えてくれるお話です。
早稲田小劇場を経て、1978年水上勉主宰「越前竹人形」を契機に「語り」に取り組む。横浜ボートシアターの創立メンバーとして国内外の公演に出演。1991年シアター退団後もカナダ・アメリカ・オーストラリアなどでワークショップを行うとともに、各地のストーリーテリング・フェスティバルに参加している。また、先住民居留地を訪ねて「語り」の文化交流をしている。1949年京都市生まれ。
古屋和子ひとり語りオフィシャルサイトはこちら大学時代に音楽に目覚め、音符も読めないのにシンガーソングライターになってしまった(?)毛利さん。「夢には大きな力がある。自分の可能性を忘れてしまった人たちに、夢を思い出して欲しい」とは彼の言葉。なんともフー太郎的な人間であります(類は類を呼ぶ?)。
昨年からキャンペーンに参加。持ち前の明るさで会場を盛り上げてくれることでしょう。
ボーカルをTamiry氏、いがり大志氏に、音楽理論を黒瀬寛幸氏に師事。2003年、アカペラグループ「PECORINO」を結成。2004年よりシンガーソングライターとしてソロ活動を開始。2006年3月、デビューシングル「Wish」リリース。ライブハウスでの活動のほか、さまざまなイベントでの演奏や楽曲提供を行う。1981年秋田県大仙市生まれ。
毛利大介公式WEBサイトはこちら98年の創設以来、フー太郎の森基金は緑化、環境教育、水資源開発、学校建設、衛生問題改善、女性の自立、省エネなど、さまざまな事業をエチオピアの世界遺産の村ラリベラと国内で展開してきました。今回は活動のなかでも砂漠化防止に関するものを集めて紹介するとともに、現在地球上で急速に進行している砂漠化について問題を提起するパネル(A2版)10枚を展示します。
世界では木を植える数倍のスピードで、伐採が行われています。そしてその主犯格は日本なのです。アマンの会の山田征さんがご提供くださる3枚のパネルは、世界の6倍もの紙を使用する日本人に、“木を植える前に木を切らない提案”をします。雑古紙100%・無漂白のトイレットペーパの使用や、割り箸を利用せずにすむよう、携帯用箸を持ち歩くこと、また割り箸リサイクルなど、私たちにも簡単にできる世界の森を守る方法をお知らせします。
●そのほか、エチオピアからのトランジットの際求めてくる、タイ製の太鼓、バック、スカート、布、木製品、ベトナムの可愛いバックなどが、市価よりずっとお得な値段でご提供します。